福岡高等裁判所 昭和61年(く)38号 決定 1986年8月20日
少年 Y・Y(昭42.3.1生)
主文
原決定を取り消す。
本件を福岡家庭裁判所久留米支部へ差し戻す。
理由
本件抗告の趣意は、少年が差し出した抗告申立書に記載されているとおりであるから、これを引用する。
所論は、要するに、原決定が認定する非行事実第3の業務上過失傷害の事実について、少年は、右第3記載の日時、場所において、同記載の普通乗用自動車を運転して同記載の交通事故を惹起させたことはなく、偶々当時右自動車の助手席に同乗していただけであるのに、少年につき右第3の業務上過失傷害の事実を認めた原決定には、決定に影響を及ぼす重大な事実の誤認がある、というのである。
そこで、一件記録を調査して検討すると、関係証拠、なかんずく少年の司法巡査に対する昭和61年3月1日付供述調書(以下、司法巡査に対する供述調書は単に巡面調書という。)、A子の同年2月28日付、B子の同年3月1日付、C、D、Eの同年3月5日付各巡面調書、司法巡査作成の同年2月27日付実況見分調書2通、医師○○○○作成の診断書3通、医師○○○作成の診断書2通によれば、原決定が認定する非行事実第3記載の日時、場所において、少年を含む右C、D、E、A子、B子の6名が乗つた少年所有にかかる同記載の普通乗用自動車が、右方へのカーブを曲り切れずに道路左側のブロツク塀に衝突し、その結果、少年を除く右5名が原決定書添付の別表に記載されている傷害を負つたことが認められるところ、少年は、本件事故当日の午前11時20分から同日午前11時50分までの間司法巡査○○○○が同巡査○△○○を補助者として実施した実況見分に立ち会い、本件事故を発生させたのは少年自身であるとして、その状況について原判示認定に沿う指示説明をし、前記巡面調書中においてはもちろん、原審審判廷において、裁判官から司法警察員作成の同年4月18日付送致書記載の非行事実を読み聞かされて、間違いない旨供述し、一方、C、D、E、A子、B子の前記各巡面調書には少年の自白を裏付ける供述記載があり、また、右審判に立会つた少年の父親も、少年の右供述に異をとなえた形跡はなく、これらの供述の信用性に疑いをさし狭ませるような事情は、原審当時においては特に窺われなかつたのであるから、このような証拠関係からすれば、原裁判所が、原判示第3記載の事故の際同記載の自動車を運転していたのは少年であると認めたのは、当然のことというべきである。
しかし、少年は、原決定の後、従前の態度を一変させて、所論のごとく、本件事故は少年が起こしたものではないと主張するに至つたので、更に当審における事実取調の結果を検討すると、原決定後に作成されたB子、Eの同年6月3日付各巡面調書(いずれも写)、A子の司法警察員に対する同日付供述調書(写=以下、司法警察員に対する供述調書は員面調書という。)、Cの同日付及び同月5日付巡面調書(いずれも写)中には、本件事故を発生させたのは少年ではなく、Cであつた旨所論に沿う供述記載があり、参考人B子、同A子は、当裁判所受命裁判官の尋問に対しても右と同旨の供述をし、一方、少年の父である参考人Fは、右受命裁判官の尋問に対し、Fが、本件事故後少年とともに八女郡○○町○○所在の○整形外科からCらの入院先である○○病院へ赴く途中、少年から、本件事故を起こしたのは少年ではなくCであるが、Cから車を買つてやるからとか死ぬかも知れないからと拝まれて身替りを頼まれて承知したと告げられ、右Cの申し出を断わるよう指示したが、少年は○○病院でCから再度身替りを頼まれてこれを断われなかつたと告げられた旨供述するとともに、このことは、本件当日○○病院でCの母親にも訴してある旨供述している。
ところで、C、D、E、B子、A子が原決定後作成された前記各供述調書中で、本件事故後、警察官に対し、本件事故を起こしたのは少年であると供述した理由として述べるところは、Cにおいては、同人は昭和60年9月19日ころ少年を同乗させて自動車を運転中交通事故を起こし、そのため運転免許の取消処分を受け、本件事故当時は無免許であり、これが警察官等に発覚するのがこわくて少年に身替りを頼み、D、Eにも口裏を合わせるように頼んだところ、少年らがこれを承諾してくれたからというのであり、D、Eにおいても、少年がCの右頼みを承諾したのならとの気持からであり、B子、A子の両名も、前記○整形外科で少年から本当のことを言うとCの無免許運転の事実が発覚してしまうからと言われたり、少年が右同所で警察官から事故車を運転していたのは誰かと聞かれて、少年自身であると答えていたからであるというのであり、右のごとき理由からCが少年に身替りを頼み、少年を除く他の同乗者が口裏を合わせることは有り得ないことではなく、一方、事故を起こした自動車が少年の所有にかかるもので、Cらが原決定で認定するような傷害を負つたなかで一人無きずであつた少年が、前記Cの立場に同情し、壊われた自動車を弁償してもらうことなどを条件にCの右依頼を受け入れることは不自然なことではなく、関係記録上窺われる少年の資質、性格、十分とはいえない社会適応能力をも併せ考えると十分有り得ることとして、いずれも信用し得るところであり、さらに、当審における事実取調の結果によつて認められる少年やCの父母らが、本件事故後まもない時点から、自動車の弁償、負傷者の治療費等の支払分担等に関し、事故を起こしたのはCであることを前提とした話し合いがなされているとの事情をも加味考慮すると、本件事故を起こしたのは少年ではなくCであつたとの可能性が濃厚であるといわなければならない。
以上によれば、少年について非行事実第3の業務上過失傷害の事実を認定した原決定には事実誤認があると認められるところ、関係証拠上肯認できる原決定の非行事実第1、第2をもつて、なお少年を中等少年院に送致するのを相当とするかどうかについては、少年の要保護性の程度等を含め、さらに慎重な審理を必要とするから原決定の前記事実誤認は決定に影響を及ぼす重大なものと認められ、原決定は取り消しを免れない。
よつて、少年法33条2項、少年審判規則50条により原決定を取り消し、本件を原裁判所である福岡家庭裁判所久留米支部へ差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 永井登志彦 裁判官 小出錞一 中野久利)
抗告申立書<省略>
〔参照1〕 送致命令
決定
本籍・住居 福岡県筑後市大字○○××番地
(人吉農芸学院在院中)Y・Y
昭和42年3月1日生
右少年に対する毒物及び劇物取締法違反、福岡県青少年保護育成条例違反、業務上過失傷害保護事件について、昭和61年5月20日福岡家庭裁判所久留米支部が言い渡した中等少年院送致決定に対し、少年から抗告の申立があつたが、当裁判所において、昭和61年8月20日原決定を取り消し、同事件を福岡家庭裁判所久留米支部に差し戻す旨の決定をしたので、更に次のとおり決定する。
主文
人吉農芸学院長は、少年を福岡家庭裁判所久留米支部に送致しなければならない。
(裁判長裁判官 永井登志彦 裁判官 小出錞一 中野久利)
〔参照2〕 原審(昭61(少)423、508、5217号 昭61.5.20決定)<省略>
〔参照3〕 受差戻し審(福岡家久留米支 昭61(少)819、863号 昭61.9.1決定)<省略>